日本の株価はバブルなのか ① GDP
はじめに
2024年3月8日
2月22日に史上最高値を更新した日経平均株価は、その後やや勢いは止まったものの4万円台達成と好調を続けています。
それに対して、次は4万2千円と強気の声も出始めた一方、これはバブルであり大暴落近しと主張する学者や評論家もいます。
そしてテレビのニュースでは、お決まりの「株価があがっても景気のよさは感じられない」という街の声を紹介しています。
果たして、今の株高は日本経済の実力に見合わないバブルなのか?
一点注意をしなければいけないのが、「株価」=「経済の実力」とは必ずしも言えないことです。株価は景気の先行指標という性質をもっています。株価など資産価格が上昇し、世の中全体の金回りがよくなると景気もよくなる、という理屈です。つづいて、景気がよくなると企業業績が改善するので、さらに株価は上がり金回りもよくなります。すると、段々回転の速くなった資金が株式市場に流れ込み、企業の実力以上に株価を押し上げバブルを発生させます。
現状の日本企業の業績(利益水準)は好調であり、現在の株価もまだ割高と言える水準ではないことは以前紹介しました。街の声の通り、日本経済は好調というにはまだほど遠い状況でしょう。よってまだバブルが発生する段階ではないと考えます。なお、日本経済の今後の景気回復は、賃金上昇などを通じて企業の利益が日本全体に波及するかということが大きなカギとなります。
名目GDPの推移
ここで、日本経済の実力を表す最も基本的な統計値である名目GDPをみてみましょう。
数値は内閣府のサイトに公開されています。
下段が1994年から2023年までの名目GDPの推移、上段が対前年の成長率です。
過去20年近くにわたり500~550兆円の範囲で波打っていたところ、2023年には591兆円、対前年比 5.68%と大きく成長しています。
長期的にみても、東日本大震災の発生した2011年の497兆円をボトムに、新型コロナショックの2020年を除き、順調に回復基調にあります。
GDP成長率と株価変動率
2011年以降のGDPの回復に合わせて、日本の株価もほぼ右肩上がりに上昇しています。
ここでは、景気に対する株価の先行性をみるため、名目GDP成長率(赤線)とTOPIX変動率(青線)の推移をグラフにしました。(TOPIX変動率は、年末終値の変動をみています)
線が入り組んでいて見にくいのですが、次のような関係性が読み取れます。
・1997年 TOPIX下落 (アジア通貨危機) → 1998~99年 GDP下落
・1999年 TOPIX上昇 (ITバブル) → 2000年 GDP上昇
・2000~02年 TOPIX下落(ITバブル崩壊) → 2002年 GDP下落
・ 2007~08年 TOPIX下落(リーマンショック)→ 2008~09年 GDP下落
・2011年 TOPIX下落 (東日本大震災) → 2011年 GDP下落
・2013年 TOPIX上昇 (アベノミクス相場) → 2015年 GDP上昇
さて直近の2023年はというと、GDPが上記の通り 5.68% の成長に対し、TOPIXは 25.09%と大きく上昇しています。2022年にTOPIXが下落したことをふまえれば、2023年のGDP成長はTOPIXが先行したわけではなく、同時に上昇したものと読み取れます。両者に共通する上昇要因としては、円安が挙げられるでしょう。円安により、輸出企業が好調に、また海外売上高の円換算額が増加したことが株価の上昇要因となっています。一方GDPにおいては、円安によって、輸出企業やインバウンド関係が好調、そして輸入物価の高騰によるインフレ発生が増加要因に働いています。
やや蛇足気味になりますが、上記の折れ線グラフにおいてGDP成長率(赤線)とTOPIX変動率(青線)の上下のブレ幅がほぼ同じ程度であるように見えます。GDP成長率は左軸の2.5%間隔の目盛り、TOPIXは右軸で10倍の25%間隔の目盛りを取っています。すなわち、TOPIXの変動率はGDP成長率の10倍ブレ幅が大きいということです。実際にブレ幅を示す統計値・標準偏差は、GDPが 2.25%、TOPIXが 22.82% と、見た目通りほぼ10倍です。
これだけのデータでは不十分なことは承知の上、株価がGDPの先行指数であることもふまえ暴論覚悟で言えば「株価が10%上昇すれば、GDPは1%成長する」ということになります。
さて最近の株価急上昇は、これからのGDPの成長を示しているのでしょうか?
名目GDP(米ドル建)
GDPに関していえば、今年中に日本はドイツに抜かれて世界第4位へ転落する、というニュースが流れていました。
日本のGDPが2011年以降順調に回復している、ということを上のグラフで見ましたが、ドイツはそれ以上に絶好調なのでしょうか。
異なる国のGDPを比較するためには、共通の通貨に換算する必要があります。ここでは、先のGDP推移を米ドル換算したグラフを示します。(為替レートは日本銀行の公表する「ドル・円 スポット 17時時点/月中平均」を適用)
いかがでしょう。
同じ日本のGDP推移をみているとは思えない、正反対のグラフになっています。
このグラフでみれば、2012年がGDPのピークで、2013年から大きく下落。
2016年からは多少回復し、そこから横ばいであったが、2022年になり一段と下落。
ここ4年間連続でマイナス成長です。
この背後にある要因が、むろん大幅な円安です。
2012年には1ドル=79円台であったのが、2023年平均で140円台、さらに直近では150円台と、円の価値はほぼ半分になっています。
これではドイツにも抜かれるわけです。
ドル建て日経平均
実は、米ドルに換算した「ドル建て日経平均」では2021年2月22日に過去最高(289.91ドル)を達成しています。
そこから円安によって大幅に価格下落していましたが、ようやく2024年3月8日時点で 268.31ドルまで回復しました。
ちなみに当時の円建日経平均と為替レートは以下の通りです。
2021年2月時と比べ、株価は30%上昇したが、円の価値は40%下落している、ということです。
金余りの海外の投資家からすれば、円がバーゲンセール状態の日本の株式は、まだまだお買い得ということかもしれません。
所感
「同じモノでも、見る角度によってその姿は異なる」ということはありますが、ここまで鮮明な例も珍しいのではないかと思います。
しかも、この2つの姿は政権交代や政策とも密接にかかわっています。
この姿に基づき、自民党あるいは旧民主党のそれぞれ立場から、以下のような異なるストーリーだてが可能です(特に両党のいずれかを持ち上げ、他方を貶めるという意図はまったくなく、あくまで思考実験です)。
・自民党より、円建GDP推移グラフを示して
「リーマンショックや東日本大震災への対応を誤った民主党は日本経済を混乱させ、2012年時点で我が国のGDPは500兆円にまで落ち込んだ。そして、我が自民党が政権回復するとアベノミクスによって日本経済は大きく立ち直った。新型コロナショックも乗り越え、岸田政権の「新しい資本主義」政策によりさらなる成長を遂げている。(政権交代のあった)2012年から2023年までにGDPは 500兆円 → 591兆円と、18%も成長させている。」
・旧民主党より、米ドル建GDP推移グラフを示して
「我が国の国際的な国力をみるためには、円建てでなく米ドル建てで評価すべきである。リーマンショックにより世界経済が混乱し、さらには東日本大震災という未曽有の災難に見舞われたにもかかわらず我が民主党政権のもと日本経済の国際評価は高く、2012年には 6.3兆ドルのGDPを達成した。しかし、自民党に政権交代するとアベノミクスにより大きく国力は低下、2015年には 4.4兆ドルまでGDPは落ち込んだ。その後、多少は立ち直りを見せたが横ばいどまりであったところ、岸田政権になるとさらに一段と国力を低下させている。2012年から2023年までにGDPは 6.3兆ドル → 4.2兆ドルと、33%も下落させている。」
どちらかの意見に与するとしても、一方の視点だけでは不十分であることはよく分かります。「データはうそをつく」といいますが、正しくは「データは一つの視点を提供するにすぎない」ということでしょう。統計は単なるデータ加工ではなく、その結果の解釈が合わさって初めて役立つものとなります。統計学というと難しい数式のかたまりと敬遠されるかたも多いのですが、統計学において数式は本質的なものではなく、観察する対象について有効な情報を得るための情報整理ツールだと私は考えています。そして、そのツールを多面的に駆使することで対象の姿が明瞭にみえてきます。
さて最初のテーマに戻り、「現在の日本の株価はバブルなのか」という問題についても、もっと多面的にみる必要があるだろうと感じました。また別のデータ分析結果をお示しする予定です。