お城散歩 03
2023年6月17日
何故だか忙しくあっという間に終わる日々を過ごしていますが、たまには買い物以外の外出をしようと近所の史跡を訪ねることにしました。
場所は、泉崎村南部にある関和久官衙遺跡と伊賀館跡です。
関和久官衙(せきわくかんが)遺跡
「関和久」が地名、「官衙」は役所という意味です。
大正十五年、当時白河高校の教諭だった岩越二郎先生らによって奈良時代の古瓦がよく採取される土地と注目されていました。その瓦が多賀城跡のものと酷似することから、本遺跡について白河郡衙跡、白河軍団跡などの諸説が提示されました。
昭和四十七年から昭和五十六年にかけての発掘調査により、正倉院や郡庁院と推定される遺構群が発見されたことから、陸奥国白河郡役所跡と特定されました。そして昭和五十九年に国の史跡に指定されました。
遺構図(現地案内板より)
こちらが駐車場。
この丘陵の手前の平地に役所は置かれていました。
ただし、特に遺構と分かるものはありません。
南側の正倉院跡に行ってみました。
こちらも水田が広がるばかりです。
伊賀館
続いて、伊賀館跡を訪ねました。
こちらは、結城氏の家臣・熊田氏の城館跡です。
その子孫の若狭介兼は、佐竹氏との戦いに功績があったといわれますが、天正年間(1573~92)に白川城落城の際に浪人となり、関和久に居住したと『白河風土記』にあります。
丘陵の上に築かれた単郭(一区画のみで構成される城郭)の城館です。100メートル四方と比較的規模の大きい城館で、周囲には土塁や空堀が巡らされていました。
館跡のあった城山です。お城というよりは、高台にある領主様のお屋敷です。
館跡には、関和神社が祀られています。
こちらはその参道入口です。
そして小川にかかる可愛い橋を渡って丘に登ります。
関和神社。ここが城館跡の中央部です。
さて、ここからがお城散歩の本番。
周囲に巡らされた土塁の上を探索です。土塁自体の保存状態はよいですが、ご覧の通りヤブになっており歩行困難です。
しかし、好きな人にはこういうところを歩くのが冒険心をかき立てられてたまらないのです。(そうでない人には理解不能ということもよく分かります)
こちらは空堀。
城郭の基本的な防御施設です。
(これも好きでない人から見れば、何が何だかなのでしょうけれども)
感想としては、構造は単純ながらも土塁・空堀が比較的状態よく保存された城館跡であり、思い立って訪ねた甲斐があったと満足しました。